プラタナスの悲哀

プラタナスの街路樹をみていつもため息が出てしまう。
今頃の街のプラタナスはまるでこん棒が突っ立っているようだ。
プラタナスの葉は落葉する前に見るも無残に枝払いが行われ
本当に哀れな姿になる。行政によると
「成長が早いから大丈夫と」冷たい返事がかえってくるばかり。
あれでは、剪定ではなく美的センスのかけらもない「こん棒仕立て」
街路樹を植えるならば、剪定するならば、よくよく考えて欲しいものだ。
公園や大学のキャンパスに植えられているプラタナスを見ると
伸び伸びと枝を広げ天にも届きそうな勢い。
二酸化炭素を吸収してきれいな酸素を人間社会に提供してくれている。
枯れ葉は腐葉土にもなり、自ら人間の手を借りずとも生き生きと
生きていける。温暖化が進み、地球は歯止めの利かない
異常気候の災害の憂き目に会いながら街路樹の過剰な
枝払いには無頓着なのだ。人間はやらなくともいいことを
お金をかけてやっている気がする。

岩手県営体育館の広場の、のびのび育ったプラタナスの大木

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晩秋の野鳥のさえずり

色とりどりの落ち葉が美しく舞い散る季節、野鳥の姿が
葉の少なくなった木々に見え隠れするようになりました。
前九年公園で写真を撮っていたら、オナガの群れが
せわしなくイロハモミジの種をついばんでいます。
オナガは図鑑には全長14センチとありますが、その
半分は尾です。なので尾が長いのでオナガ。
とにかく、群れでさっと来ては実や木の虫やクモを
そのかわいらしい嘴でついばみさっと移動していきます。
紅葉ばかりを撮っていた私に「僕たちも撮って」といわんばかり
なんとか被写体になってくれました。葉の落ちる晩秋から
冬にかけて野鳥の写真が撮れるチャンスです。

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時雨のあとさき

「時の雨」と書いてしぐれとよみます。
この雨は、晩秋から冬にかけての季節、突然降ってきて草木を濡らし
降った後には陽光を輝かせます。草木は生き生きと色を増し、晩秋の
色をより鮮やかにしてくれます。
岩手には七時雨という山があって、一日に7回しぐれるそうです。
初めて聞いたときはなんて素敵な名前。と思いましたが
7回もしぐれるのであれば、おちおち写真を撮ってもいられません。
しかし、晩秋に似合う雨としては、なんと情緒のある名前でしょうか。
冬が迫ってきています。

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腐葉土が森を育てている

暦の上では立冬となって冬本番に近くなっているけれど
日差しは暖かで、秋日和といえる日が多い気がします。
しかし、東北の山々はさすがに木々が葉を落とし
来るべき冬に備えようとしています。
落ち葉をみると、栃や栗や白樺、柏、ブナ、楢、鈴懸などの
茶色い葉が目立ちます。街路樹ではもみじやイチョウが鮮やか
ですがモミジ達の赤や朱色の落葉は山ではいつもよりは遅いようです。
その落ち葉たちはフカフカに積もって微生物によって分解され
やがて栄養となって森を育てていくのです。なんと無駄の
ないことでしょう。

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心が求めているものは

何も考えないで、自然の中でぼーっとしていると
自然の営みが手に取るように感じられます。
風のささやきや水鳥のしぐさ、色付いた葉が
ハラハラと落ちる気配、遠くで、小鳥が
さえずっている音。森の香り。
脳は五感が気持ちの良いことを何よりも快と感じます。
考えることをストップすることは現代人にとって
とても大切なことです。何かを集中して考えたら
少しの間考えることをやめてみると突如
インスピレーションが湧いて、ずっと考えているより
最高のヒントがもらえます。お試しください。


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